専業主婦の小夜子は女社長の葵が経営する会社で五年ぶりに働くことになる。葵とも気が合い、そこでのハウスクリーニングの仕事にもやりがいを見つけていくが…
人気作家、角田光代の直木賞受賞作。
出版社:文藝春秋(文春文庫)
この作品では、専業主婦の小夜子のパートと、後に女社長となる葵の高校生時代のパートが交互に描かれている。
それぞれのパートの冒頭で描かれているのは、友人たちとの間に生じる距離感だ。専業主婦の小夜子は主婦仲間との関係のつくり方に悩み、高校時代の葵も友人にハブにされ、疎外されるという様子が描かれている。
誰と親しくなるかに始まり、密やかな対立があり、陰湿な無視という攻撃が始まる一連の流れは男の僕には理解できない。それだけに恐ろしいものがあった。特に何気ない悪意や、思いこみによる感情のもつれを繊細に描く筆は冴え渡っており、余計こわさは際立っていたように思う。
そんな物語の中で僕の心を捕らえたのは、葵の高校時代のパートだ。
そう思えた理由の多くはまちがいなくナナコの放つ魅力にあるだろう。
彼女は楽天的そうに見えるが、「こわくないんだ」とか「そんなとこにあたしの大切なものはないし」と言える強い一面があったり、「あたしだけは絶対にアオちんの味方だし、できるかぎり守ってあげる」と言える優しい一面もあれば、「帰りたくない」と泣きじゃくる弱い一面もある。
そんな鮮やかで多面的な彼女の存在感は、この小説の中でも一等抜きん出ていた。
そんなナナコと葵との友情の描写は、読んでいて切なくなった。
特にバイト先からの逃避行は心に迫るものがある。少女期特有の閉塞感が感じられうそのエピソードは、この小説の中でもまちがいなく白眉だろう。
中でも逃避行に疲れて「ずっと移動してるのに、どこにも行けないような気がするね」とナナコが口にするシーンが好きだ。そのセリフと、そこから生じる心情と二人の姿が、このシーンを美しく、悲しいものにしていたのが印象的である。
そんな過去があるからこそ、その後の葵の行動に確かな説得力が生まれている。
人は誤解や立場の違いなどから、相手に敵意を持つことがある。絆はそんなとき簡単に壊れてしまうかもしれない。けれど、人を信頼することからしか、人との関係は始まらない。
そんなシンプルな事実を、前向きに描いたラストは美しい。読後感はなんとも爽やかであった。満足の一冊だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
同性としては、葵や小夜子の気持ちがとてもよく分かる小説でした。
あの頃の自分があるから、今の自分がある。
あの頃のままの自分を、あの頃のまま出せるパートナーに巡り合った。
いまの自分は、あの頃と少しも変わっていない。
そんな少女のような葵と小夜子が、最後に再出発をするシーンがとても新鮮でした。
良い本に巡り合わせていただきました。
ラストの葵と小夜子がポジティブで、ちょっとさわやかな感じがして、後味がいいし。葵とナナコの絆は美しいし。
角田光代はそんなに読んでいないけれど、結構いい小説が多いという印象を受ける作家です。